民の力 草莽崛起! 現代の奇兵隊、応援します!

2015-06-14:Sun ◇ 歴史・社会

[ブルーインパルス] ブログ村キーワード
[奇兵隊] ブログ村キーワード


img_air-festa-hohu2015.jpg

先週の日曜日、貴重な梅雨の晴れ間に防府北基地航空祭が開催されました。
パイロットの卵の学生さんを育てる基地で、毎日、写真の赤白の練習機がブンブン飛んでいますが
基地が狭く滑走路が短いので、ジェット機が発着することはできません。。。

その中で、“5年ぶりにブルーインパルスがやって来る!”ということで盛り上がりました♪゜・*:.。. .。.:*・♪

主人もウキウキとカメラを取り出し、ブルーインパルスを撮影。
尾翼に番号が入っていますが、「1」号機から「2」「3」と整然と並んでいます。
ジェット機同士の感覚はおよそ3m
恐るべき高度な技術デス
      ↓
062_convert_20150614093756.jpg

157_convert_20150614093933.jpg

092_convert_20150614093856.jpg

160_convert_20150614094000.jpg

041_convert_20150614093559.jpg

039_convert_20150614093458.jpg

051_convert_20150614093645.jpg

012_convert_20150614093401.jpg

最後には1機ずつが基地の真上を超・低空飛行で、更にはそこで逆さに1回転。
毎年訪れるおじさんの話では、その時、パイロットさんが基地を訪れた観客に手を振るというサービスがあるとか!

243_convert_20150614094037.jpg

250_convert_20150614094113.jpg

390_convert_20150614094425.jpg

考えてみたら、今ブルーインパルスに乗っているパイロットさんも皆、この基地で訓練して合格して各地へ出て行ったんですよね。
素晴らしいことだと思いました!

自衛隊の学生さんは、よく見かけたり、薬局に来たりしますが
15~16歳ぐらいでも、礼儀正しくて爽やかなんですよね~
ちょっと「花燃ゆ」の志士たちとかぶって見えました^^

『花燃ゆ第22話 妻と奇兵隊

文久3年(1863)年5月、久坂玄瑞ら長州藩によって攘夷が決行されるが、勝利も束の間。
翌月にはアメリカ・フランス艦の報復を受け、長州藩は壊滅的な打撃を受ける。
         ↓
DCIM1922.jpg

責任を問い正され、「これからどうするつもりか」を毛利のお殿様に聞かれた久坂は
「もっともっと大砲や鉄砲を備え、更に軍備を増強します!」 と答える。
         ↓
DCIM1913.jpg


一方、高杉晋作は、「同じ戦い方では異国列強に叶うはずがない! わしは“奇兵隊”を結成する」
ことを宣言する。
奇兵隊” とは、正規の侍の軍ではなく、農民や町民、志・やる気のあるもの全てを集めた軍隊である。
吉田松陰先生のおっしゃった『草莽崛起』である、とも述べる。
そうして、農民にも等しく銃を持たせ撃ち方を教えるのだった。
         ↓
DCIM1924.jpg

一方、壊滅的打撃を受けた下関の現状を知った女たちは、萩での戦闘に備え
女台場”を海岸に築く手伝いを始める。
         ↓
DCIM1928.jpg

DCIM1923.jpg

日本という小さな国の中の1藩 長州 VS. アメリカ・フランス・オランダ・イギリスという列強の戦いが更に熾烈を極める中
常識的に考えれば一瞬で消えて無くなるはずの長州藩はボロボロになりながらも持ちこたえた。
それは、吉田松陰先生の残した 『草莽崛起(民や民間の草の根の力)』 そのものであった。



☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

ブルーインパルス 奇兵隊 草莽崛起 女台場 / CM : 11 / TB : 0

正しいとは?間違いとは?一体何??

2015-05-20:Wed ◇ 歴史・社会

[大阪都構想] ブログ村キーワード
[井伊直弼] ブログ村キーワード

橋下市長、さばさば会見 「間違っていたんでしょうね」
http://www.asahi.com/articles/ASH5K7RM3H5KPTIL042.html

wst1503280060-p2.jpg


大阪都構想」 否決。。
果たして橋下市長は間違っていたのでしょうか?
任期満了にて政界引退とは、大変残念に思います。
あれこれ理由をつけて、現状を変えようとしない
日本人は本当に保守的ですね~

夕張市が破産し、次に破産するのは大阪市と言われていたことは有名です。
お上から天下った首長たちは赤字を削減する気もなかった(?)
結局、叩かれながらも断行した橋下市長(知事)によって
圧倒的に赤字は削減された。。皮肉な話ですね
目先、不便になるとか、当面今が良ければこのままでいいとか、
そんな場当たり的考えで一票を使って、数年後に自然に破産したとして
それで良いということなんでしょうか?

“大阪を一つにまとめたい、市と府の二重行政というムダを省きたい”
元々はより良くしたいという意思から始まったことなのに・・・


『花燃ゆ第18回 龍馬!登場』

タイトルは龍馬ですが、mobic は桜田門外の変で暗殺された高橋英樹演じる井伊直弼大老に感じ入るものがありました。
        ↓
*写真はクリックで全部大きくなります*
DCIM1852.jpg

高橋英樹さんは、ずっと井伊直弼を演じたくて、数十年。
待望の役を頂けたとおっしゃっています。
        ↓
DCIM1851.jpg

井伊直弼も、日本を良くしようという同じ思いを持って、幕末を駆け抜けた。
ただ、長州から見ると、悪役であり敵という見方となるだけで。。」
高橋英樹さん、おっしゃる通り!

時代が違えば、井伊直弼のしたことは偉大なる業績であったかもしれないのだ。

今また、アメリカや中国や韓国など、大国・隣国に包囲されて、どうしようもない位置にいる日本。
吉田松陰先生は、開国は時期尚早(まだ早い)とおっしゃった。
そのお言葉が現代にも、当てはまる面もあり。

それならば、開国から過去の歴史が正しかったのか? 間違っていたのか?
正しいとは何か? 間違っているとは何か?
再び考えさせられる。


だから、現代に戻って、橋下市長がこれまでされて来たことや熱い思いを“間違ってたんですね”
の一言で片づけることは、私にはできません。

たとえ敵と味方に分かれても、国を良くしたい、人々の生活を良くしたい、という同じ思いを抱えた者同士。
井伊直弼と吉田松陰、彼らを 同士 と呼んで良いのではないのでしょうか?


DCIM1831.jpg


☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

大阪都構想 橋下市長 井伊直弼 / CM : 12 / TB : 0

ブログ7周年 花燃ゆも第二ステージへ!

2015-05-10:Sun ◇ 歴史・社会

[吉田松陰] ブログ村キーワード
[長州藩] ブログ村キーワード

「花燃ゆ第17回 松陰、最期の言葉」

*下記の言葉はクリックで大きくなります*
        ↓
pc1280x800_20150510111909a85.jpg


30歳になったばかりで人生の幕を閉じた吉田松陰先生。
その種が弟子たちにしっかりと受け継がれて、激動の維新・幕末の時代へ。
アメリカ・イギリス・オランダ・フランスという大国vs.長州藩(山口県) という小さな日本の中の1つの藩(県)。
ボロボロに打ちのめされながらも戦い抜いたのは、農民・町民・下級武士、女など、身分や性別を越えた庶民の草莽崛起!!

そう思えば、現代の私たちにもできることはあるのではないか? と思う今日この頃。
そんなことを考えつつ、5月5日で7周年を迎えた『薬剤師の不養生』ブログ。
そこへ飛び込んで来た、世界遺産登録勧告のおめでたいニュース!!

        ↓
<世界文化遺産>松下村塾など5件の萩市「維新150年へ」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150504-00000055-mai-soci


これからどうするの?
本当は、mobic もあちこち出かけて行ったり、いろんな人と会ったりしたいものですが
現在の時間と状況ではブログを更新して、そこでの出会いを育んで行くことが精一杯。

コメントしてくださったり、リンクしてくださる方は積極的にご紹介させていただく所存です。
これからも、どうぞ、よろしくお願いいたします!


では、松陰先生、最後の言葉、の内容に戻ります。

江戸の伝馬町の牢獄へ運ばれた寅次郎(吉田松陰)ですが、「老中眞鍋を諌めようとした」と、
取り調べで言わなくても良い大罪を告白してしまいます。
        ↓
885.jpg

井伊直弼大老は激怒。
        ↓
DCIM1832.jpg

それでも真っ直ぐな眼をした松陰先生、まさに、キリストの生き写しデス
        ↓
DCIM1831.jpg

しかし、降された罪名は“死罪”
松陰先生の最後は立派で、幕府の役人も感嘆したと言われています。


松陰先生は、松下村塾の弟子たちへ宛てた手紙と、文(ふみ)達家族へ宛てた手紙をそれぞれ書いていましたが
1通ずつは長州へ戻る小田村伊之助へ託し、もう1通ずつを牢を仕切っていた沼崎吉五郎へ託しました。
   
沼崎吉五郎
       ↓
f1c1e517583de1e1595c471a5a3cf7af.jpg
        ↓

「俺は金以外で人と関わったことはない」という沼崎へ
「もう蔓(ツル=お金のこと)はありませんが、書状が途中で誰かに阻まれた時の為に
貴方が牢を出た時に、これを家族と弟子に渡して欲しいのです」と託します。

金の切れ目が縁の切れ目と松陰先生に言い切った沼崎吉五郎でしたが
自分が牢を出た 明治9年に、書状をちゃんと渡したということです。
お金にしか価値を見出さなかった男の心にも何かが響いたのでしょうね。

牢名主の沼崎吉五郎吉田松陰先生の交流に心温まる思いをした第17回でした。

☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

沼崎吉五郎 吉田松陰 安政の大獄 松下村塾 世界遺産 / CM : 8 / TB : 0

雨は人の涙なのかしら?

2015-05-03:Sun ◇ 歴史・社会

[吉田松陰] ブログ村キーワード
[安政の大獄] ブログ村キーワード


5月3日、今日は mobic のG.W.初日ですぅ
あれ? 
朝からずっと雨が降ってますよ?
テンション下がるなあ

でも、ブログ更新にはピッタリのお天気ですっ

『花燃ゆ第16回 最後の食卓』
*画像は全部クリックで大きくなります*
DCIM1835.jpg


まずは、泣きました。。今日の雨のように涙が流れました。。

寅次郎(吉田松陰)は世に云う 安政の大獄 の命令によって萩の野山獄から江戸の獄へ召喚されることに!
塾生たちが野山獄に集う中、寅次郎は絵の得意な 松浦亀太郎 に似顔絵を描かせます。
        ↓
DCIM1846.jpg

いよいよ己の最期を意識されていたのでしょうか・・・
DCIM1836.jpg


翌朝には江戸へ出立するという日の一晩だけ、家に帰る事を赦されて家族揃っての食事やお風呂。
母の杉滝(たき)は寅次郎の背中を流しながら、二度と戻って来ないと知りながらも
「帰って来たら江戸の話を聞かせておくれ」と言ってしまいます
        ↓
DCIM1838.jpg

DCIM1839.jpg



夜が開けて翌朝。
奇しくも寅次郎が江戸へ発つ朝は雨が降りしきっていました・・

松陰先生は、萩からおよそ10Kmほど登った場所、明木 で最期に萩の町を見たいと籠を降ります。
明木は、 mobic が父の仕事の関係で3歳まで暮らした山村です)
          ↓
DCIM1840.jpg

その日は雨に煙って何も見えなかったと思うのですが・・・
          ↓
DCIM1830.jpg

松陰先生の背景に映っているのは萩の街の風景です。
(TVを一時停止して撮っているので波線が出てしまってスミマセン。。。)
          ↓
DCIM1841.jpg

現在、その場所は松陰先生の“涙松”と言って、石碑と句が立っています。
          ↓
DCIM1843.jpg

DCIM1842.jpg


吉田松陰役の伊勢谷友介さん、ほんとにオーラがあります!

「最後の食卓」 
それがキリストと弟子たちの『最後の晩餐』と重なってしまいます。

supper.jpg


次回、いよいよ 松陰先生 最後の言葉。


2010年に(もう5年も経つんですね)、乳児の頃を過ごした萩市明木へ行った時の記事です。
桜が綺麗です^^
         ↓
松陰先生の遺志
http://mobic530.blog61.fc2.com/blog-entry-131.html


☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

杉滝 明木 涙松 松浦亀太郎 キリスト 最後の晩餐 / CM : 7 / TB : 0

涙 金子重輔 弟子の師を慕うひたむきな姿

2015-02-08:Sun ◇ 歴史・社会

[金子重輔] ブログ村キーワード

貴方には、尊敬する “人生の師(先生)” がいますか?

恋愛、親子愛、同士愛、さまざまな愛の形がありますが、
長く続く(場合によっては永遠) のは 『師弟愛』であると
思い知らされる。。。

それが、『花燃ゆ 第五話 』 
AS20150125000614_comm.jpg

ペリーの船に乗り込んで、密航を企てた 寅次郎(吉田松陰) と 弟子 金子重輔
       ↓
img_2_2015020111585987c.jpg

その後、寅次郎は武士の入る 野山獄へ、 金子重輔は庶民が入れられる 岩倉獄へ。
       ↓
*写真はクリックで拡大します*
DCIM1669.jpg

ペリーの船へ小舟で漕ぎつけて追い返された後、江戸の伝馬町で囚われていた時点で
既に金子重輔は、高熱を出して、かなり体を蝕まれていたそうです。

しかし、赦されて長州藩に戻ったにも関わらず、食べ物もろくに与えられない
劣悪な環境の 岩倉獄へ投げ入れられ病は悪化。
       ↓
DCIM1663.jpg

起き上がることも出来なくなってようやく、母ツルが看病の為に、牢に入ることを許可され。。
「先生と何度でも海を渡るんだ」と最期まで言いながら亡くなる。
       ↓
DCIM1667.jpg

文(ふみ)は、金子重輔の母ツルに自分の兄が 吉田寅次郎(松陰)であることをなかなか言い出せなかったが
遂に、その事実を告げる。
       ↓
DCIM1662.jpg


一方、野山獄では、以前は明倫館の教師であった富永と寅次郎が言い争いになっていた。
      ↓
DCIM1666.jpg

富永は、「瀕死の弟子 金子重輔一人救うことができないお前に大義を語る資格などない!
      人は悪なのだ。 生きて、腐って、呪うのだ!」と吐き捨てるが
       ↓
DCIM1665.jpg

寅次郎は、「人は善である」と返す。

金子重輔の母ツルや家族は深い悲しみの淵に沈みながらも、文(ふみ)へ息子が最後まで握り締めていた
異人のボタンを、寅次郎へ渡すようにと託す。


金子重輔はたとえ我が身が果てようとも、先生 寅次郎を慕い、最後まで海を渡る夢を見ていた。

現代の中で、誰かの為にそこまでひたむきに尽くす愛があるのだろうか??
恋愛の果てに結ばれても、数年で離婚してしまったり
ママ友や世間体と我が子の狭間で歪んでしまう愛情や
自分がイジメの対象にならない為の友達づきあい、等等。。。



<萩の松陰・金子の銅像>
BppcTusCUAAN8LN.jpg

<伊豆下田の松陰・金子の銅像>
img_0.jpg
どちらも松陰先生に寄り添うように膝まづく 弟子の金子重輔の姿が切ない。

師弟愛、多くは弟子がただひたすらに師を慕い、師に尽くす。
そこにあるのは、ただただ無償のもの。
師に相手にされなくても、ひどい仕打ちを受けても弟子は師に忠誠を尽くす。


25歳の若さで病に蝕まれ、その志を果たすことなく散った 弟子 金子重輔。
寅次郎(吉田松陰)は、獄中での自らの食費を切り詰めて、そのささやかなお金を金子の遺族へ送った。
金子家のお墓の花立ては、松陰から送られたお金で作られたという。
            ↓
bc87036344d69c11bd880adaca74229d.jpg

暖かな布団に寝ることのできる現代の私たちと
ムシロもない岩倉獄で震えながら死んでいった金子重輔と
どちらが幸せな人生なのかは
当人以外には量ることはできないだろう。

牢獄は引き離されても松陰先生と共にあった金子重輔。
死して尚、ペリーの船で異人と揉み合って金子が引きちぎったボタンには魂が宿り
寅次郎(吉田松陰)と共に生きていたと私は思う。


☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

金子重輔 弟子 師弟 恋愛 / CM : 16 / TB : 0

いつの世も父とは。。。

2015-02-01:Sun ◇ 歴史・社会

[百合之助] ブログ村キーワード


<「イスラム国」>後藤さん殺害か 安倍首相「痛恨の極み」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150201-00000011-mai-int

1週間経過して、記事の更新と共に、絶望的なニュースが。。。
「決して勝目のない戦いに参加する限り、これからも日本人を殺害し続けるだろう」という趣旨のイスラム国声明。
対して何も持たない日本の首相は「テロは絶対許せない」と返した。。
昨年8月に湯川さんが捕らえられたという情報を外務省は入手しながら何もして来なかった。
だから、今回、総理が中東訪問した際にこうなることは予測できていたはずなのにっ!

『花燃ゆ 第四話 生きてつかぁさい』
taitoru.jpg

横浜では、異国の船が大挙してやって来て、日本国民は驚異を覚える。
       ↓
kurofune.jpg

兄 寅次郎(吉田松陰) は、浦賀沖のペルリ(ペリー)へ面会を求めて、小舟を漕ぎ出す。
       ↓
img_2_2015020111585987c.jpg

しかし、乗船を果たすも追い返され、寅次郎と弟子の金子重輔は捕まってしまう。
       ↓
a1.png

死罪になりかけた二人は、ペルリ(ペリー)や小田村伊之助(大沢たかお)らの計らいで故郷長州へ戻されることに。
       ↓
DCIM1659.jpg


しかし、長州藩の椋梨派は非常に保守的(彼にとって明治など来るはずもない)で、
幕府へアピールする為に、許された二人を再び捉えて長州藩の牢獄へブチ込んでしまう。
DCIM1658.jpg



その頃、 百合之助 は、切腹をしようとしていた。
        ↓
*写真はクリックで拡大します*
DCIM1656.jpg

 百合之助 は文(ふみ)にこんな事を言います。
「私は凡庸な人間だ。 寅次郎のように、大義を貫くこともできないし、
のように心を鬼にして、塾生を育てることもできない。
これ(切腹)がわたしにできる唯一のこと。」
        ↓
DCIM1657.jpg

(長塚京三)の心中は如何なるものであっただろう・・
そう思うと、とても切ないものがあります。

世の為、国の為に密航まで企てそれを貫く息子を護ってやりたい気持ち。
藩や幕府の掟に背いた息子 寅次郎 、その家族、という立場!
その間(ハザマ)で苦しむ

母や文などは、無条件に兄 寅次郎を慮り、応援して行くが
はそれだけではすまされない、そういう存在なのだろうと思う。


振り返れば mobic の父もそうだった。
私が世のため社会的なことをしたいと言った時は、
「娘をこんな危険な事をさせる為に育てて来たわけではない!」と
長年勤め上げて来た教師を辞めると言った。

今は、糖尿病の合併症で脳の傷害を発症し、体や頭が不自由になってしまい、
自分の年も今日の日付もわからず、永遠に61歳だと答える始末であるのにも関わらず、
「車に気をつけて帰りさんよ」とか
「雨に濡れんように、止んでから帰りさんよ」とか、

娘を心配する気持ちだけはハッキリと残っている

父とは、割に合わない役割だと、文(ふみ)や寅次郎の父、百合之助の葛藤を見て
また、自分の父を見て、そう思う。


    
☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

父 百合乃助 ペリー / CM : 20 / TB : 0

おまえはどう生きる? 

2015-01-25:Sun ◇ 歴史・社会

[吉田松陰] ブログ村キーワード

[イスラム国] ブログ村キーワード

「人質1人を“殺害”」イスラム国が新画像公開?
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20150125-00000000-jnn-int

日付が今日に変わった頃、このようなニュースが。。。
テロは決して対岸の火事ではなく、日本に住む私たちの身にも迫って来るんですね。

「花燃ゆ第三話」
画像をお借りする為と、感想を組み立てる為、放送から遅れて記事をアップしています

news_xlarge_a-h26_hanamoyu_logo.jpg

第三話:遂に久坂玄瑞(東出昌大さん 先日女優の杏さんと結婚)が登場ということで、ドキドキ((o(б_б;)o))ドキドキ
あの時代にして、背丈が180cmあり、長州一の美男で、声も大きく美声であったとされています。
                 ↓
o0672049513064276109.jpg

将来、文(ふみ)の夫となる人物で松下村塾の四天王の一人となる人物です。
       ↓
img_1_m.jpg

しかし、出会いは久坂玄瑞が父・母・兄と1年の間に家族を全て死別で失い“おみくじ凶ばかりでコワイ”というところで
始まっています(かなり作られているような(^_^;))
       ↓
o0480036013193140992.jpg


しかし、第三話で目に焼き付いたシーンは、久坂玄瑞、ではなく
ロシア船が長崎へ現れたという話を聞きつけて東北から長崎へ歩いて赴き、
また萩へ戻って来た兄 寅次郎(吉田松陰) と妹 文(ふみ)の再開のシーン!
(東北から長崎までって一言で言いますが、遥かな距離ですよ、そして長州へ戻っても
家で休むこともなく、すぐにペリーに会う為、江戸へ!)

       ↓
B7oNqn9CAAAKdv9.jpg

ここで兄は振り返ります。
この言葉に じ~~ん と心を打たれました。
       ↓
のう、文。
お前はどう生きる?
自分の人生を、自分の命を何のために使う?兄はいつもそのことを考えておる。死など構わん。思いが届くなら。

知行合一」という言葉がある。知識だけじゃ意味が無い。行いを伴ってこそ、その知識に意味がある。

俺は日本国の危機を知ってしもうた。皆、その危機に気づかん!気付いても動かん!
じゃから俺が動く!!
この国を守らんにゃあ、ならん!


吉田松陰役の伊勢谷友介さんが、このシーンについてNHKの花燃ゆdボタンで解説しておられます。
        ↓
知行合一」 :知識・言葉だけでは意味が無い。行動が伴ってこそなのだ。
他にも、「有言実行」とか、「思言行一致」など、口先ばかりではなく、行動することの重要性を説いた言葉がありますよね。
       <写真はクリックで拡大します>
DCIM1652.jpg

寅次郎の突飛な行動によって、後ろ指を指される家族の立場や思い。
幕府や藩の掟に逆らってでも、やはり、寅次郎を支えようとする人たちの胸の内は?
        ↓
DCIM1653.jpg


イスラム国に囚われた二人の人質の為に
テロに屈しない」を連呼する安倍総理の言葉が
寅次郎の自分の命を顧みない純粋な行動と照らし合わせると、
ただ干からびた口だけのひらがな“ことば”として
虚しく耳を通り過ぎるように思うのは私だけでしょうか???



☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

知行合一 久坂玄瑞 イスラム国 テロ / CM : 18 / TB : 0

生きて帰れるかわからない兄 その時家族はどうする?

2015-01-17:Sat ◇ 歴史・社会

[花燃ゆ] ブログ村キーワード

「阪神淡路大震災から20年。ご遺族の方々と被災者の方々へ哀悼の意を表し、お見舞い申し上げます。」


大河ドラマ「花燃ゆ 第二話」

taitoru.jpg

私は杉文(すぎふみ)。
兄 寅次郎(吉田松陰)のことですが。。。
長州一、頭が良いと将来を嘱望された兄寅次郎は毛利のお殿様から江戸で学ぶことを許され、江戸へ。
その時、東北地方の港にロシアや外国船が出没することを知り、
日本国のただならぬ危機を感じ、東北へ視察に行くことを願い出ます。

同士の宮部鼎蔵と南部藩の江幡五郎と約束をしていた日、寅次郎だけ 過所(身分証明書のようなもの)が発行されていないことが判明。

友との約束を破れば長州男児として『長州人は約束を守らない』との誹りを免れない。
友との信義を守れば長州藩そして、殿への忠義を裏切ることとなる。

結果、脱藩をして東北へ出立した兄 寅次郎。
       ↓
touhoku_map01.jpg

長州一の秀才 寅次郎は、一転 犯罪者へ。
杉家の家族も白い目で見られ、姉さま 寿(ひさ)は格上の武家との縁談が破談に・・・
       ↓
142097360522871751179_hanamoyu02-02.jpg

寿(ひさ)は兄を悪く言いますが、お母様も父様も、なけなしのお金を寅次郎の旅費として送ってやったり
援助をしてやります。
文(ふみ)も寅次郎兄のことをとても心配でした。

東北はどうやって行くのかって、新幹線などありませんよっ
歩いて行くのです。
途中、山越えをして日本海側へ出た時は、雪が何尺も積もって前進を阻み、遭難スレスレの過酷な道のり。
o0480036013186980210.jpg
しかも、あの細い体と食べ物もろくに得られない徒歩の旅で
12月に江戸を出立して、2月には青森津軽へ辿り着き、3月には既に山形県米沢まで戻っているという超、ハイスピード!

日本の為に、そこまでできる人、現代にいるのでしょうか・・・?

「花燃ゆ」では、松陰の旅については何も描いてなく、“いつも問題を起こす兄”としか説明してませんが。。。
吉田松陰の東北遊学、これだけでも、「八甲田山」のような過酷な旅の映画一つが撮れる内容なのです!


脱藩” 幕府にたてつくことは罪である、その時代、きっと民はそう思ったのでしょうね。
でも、寅次郎(吉田松陰)は、既成の政権の腐敗や他国からの危機をいち早く察知して掟破りな行動に出た!

現政権は、さながら、幕末の「幕府」「将軍様」「藩のお殿様」に相当する。
ただグチを言うだけではなく、
突き動かされるような熱意で現政権に物申す人物がいれば、居れば、という希望を込めて、
その人或いは団体は、現代の 維新の志士

そして、そのような人物を家族に持ったとしたら。。。
やっぱり見捨てたり売ったりすることはできないよ・・・
文(ふみ)も家族も、閉門蟄居を言い渡された寅次郎兄を温かく迎えることになるんだよね。

無題

今回、杉家の味として、家族のいない 小田村伊之助へ文(ふみ)が作って渡した“節句餅
          ↓
286682_615.jpg

やっぱり家庭の味や待ってくれてる家族が居るっていいなあ~と
思った瞬間でした。

*写真はイメージです^^*
kashiwatubu450-01.jpg


☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

脱藩 東北遊学 信義 忠義 節句餅 / CM : 18 / TB : 0

『花燃ゆ』から見る現代 あなたならどうする?

2015-01-08:Thu ◇ 歴史・社会

[花燃ゆ] ブログ村キーワード

2015年 明けましておめでとうございます!

今年は遅いご挨拶となりました。
今年の抱負を考えていて、なかなか書けなかったのですが。。。

今年は『薬剤師の不養生』ブログをちょっと違った視点から書いて行こうと決めました。
そ・れ・は・
維新幕末に生きた人から見た、→現代の私たちの、あんな事・こんな事(^_^;)

昨年末には選挙があって、現政権である「自民党」が圧勝しましたが
選挙に行かなかった人も50%越えということで
その観点から見ると
現在のどの政党にも希望を見出せない人が半分以上おられるということになります。

では、そういう人たちは自ら何か行動しようとしているのか?
いやいや、
“おかしな方向へ向かっているとは思うけど、もう諦めてるよ” 的な声が
そこかしこから聞こえて来るのであります。

普通、おかしいと思ったら、どうにかしようと思いますよね。
けど、何もしない、口で不満を並べ立てるだけ。

だからと言って、そのような過半数以上の人を責められるわけがない。
かくゆう mobic もその一人であります。
だって、何をすればいいのかわからない。。。(´・ω・`)

ところが、私たちの生活を脅かす問題は山積みとなっています。
下手を打てば、地球自体が滅びてしまうリスクは一つではない。
原発事故、戦争、環境破壊から来る大災害etc.


幕末、それは日本が鎖国を開いて新しい時代を築いた一大時!
そこに生きた人々は何を考えていたのか?
現代の私たちを見て、どう思うのか??

<写真はクリックで拡大します^^>
pr_hanamoyu.jpg


ベストなタイミングで2015年 NHK大河ドラマ『花燃ゆ』 は mobic の故郷 長州(山口県)を舞台としており、
主人公 (ふみ)が明治に日本で初めて作ったと言われる幼稚園へ
mobic  は通ったということですし^^


<人物相関図はクリックで拡大し読めるようになります^^>
141223_045.jpg



(ふみ)という女性が見た、兄 吉田松陰先生(山口県人は呼び捨てにすることはできなくて、敬称“先生”付けです^^)や
高杉晋作、久坂玄瑞、他 綺羅星のごとく輩出された維新の志士たちの生き様!

まずは比べてみることで、現在の生活がいかにぬるま湯の中に浸かっているが如くであるかがわかるのではないか!?
そこから、様々なネタを書いてみようではないか!
と決めた次第であります。

そこで、リンクなども稼働していないお友達は削除させて頂きました~m(_ _)m
mobic も歴史には疎く、政治に関してはもっと疎く、“ただもっと住みよい社会にしたい!” という気持ちだけの無知な人間ですので
気軽に、感想やコメントや応援を頂けたらとっても嬉しいです(*´∀`*)
ブログを持っていない方も是非、お気軽に~



ランキングも、地域色や維新のジャンルへと順次変えて行こうと思っています。
今年は国も「地方創生」という事で、地方を活性化することに重きを置いています。
「ふるさと納税」も大人気ですし、今都会に住んでいる10~40代の人たちの50~60%が
地方へ住みたい、という希望を持っているというニュース記事も目にします。
           ↓
      <日経新聞記事>
「地方移住してもよい」20~40代で過半数 内閣府調査 2014/10/18 20:32
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDE18H0D_Y4A011C1PE8000/

皆さんの生活、ライフスタイルが都会的生活を離れて、地方の自然豊な生活を求めるように変化をして来ているんですね。
でも、政府の「地方創生」とは、未だに公共事業を入れて道路や箱モノを建設することや
大企業を田舎へ誘致すること(山口県では新しい原発を建設することでお金を落とそうなどという浅はかな事案がΣ(゚д゚lll))~
脳ミソが古いんですねぇ(´・ω・`)ガッカリ・・・
国民の皆さんと真逆の考えですねぇ(´・ω・`)ガッカリ・・・

なんてことで、いくらでも続いてしまいそうなのでこの辺でっ

貧しい長州藩士がどのようにして、日本を覆すような行動を興して行ったのか!
一方、現在の私たちの生活はどうなのか!
地元長州のリポートなども含めて様々ネタを書いて行きますねっ

20141108.jpg


今年も応援と、お付き合いの程、どうぞ、よろしくお願い申し上げます



☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村

花燃ゆ 文 維新 幕末 地方 / CM : 32 / TB : 0

松陰先生や維新の志士に会いに萩へ!

2014-08-17:Sun ◇ 歴史・社会

[吉田松陰] ブログ村キーワード
[花燃ゆ] ブログ村キーワード


来年 平成27年(2015年)のNHK大河ドラマが 明治維新の先駆けとして多大な影響を志士たちに与えた
吉田松陰 その妹 杉文(フミ) の人生 『花燃ゆ』 に決定しています。
          ↓
杉文(フミ)⇒結婚後は楫取美和子 は mobic の住む防府市へお嫁に来て、明治まで長く生きて、兄 松陰が亡くなった後も、歴史をずっと見守られました。
奇兵隊や御楯隊が訓練をし、そして戦いへと出航して行った “鞠生(まりふ)の松原” に「鞠生幼稚園」を作ることに尽力されました。
意外にも、こんなに身近な所に大好きな 吉田松陰先生や明治維新の足跡があったことを噛みしめながら、
逆に上って、萩の方へお墓参りをして参りました!

*写真は全てクリックで拡大します*


吉田松陰先生の生家から臨む 萩市内>
     ↓
DCIM1537.jpg

DCIM1526.jpg


<弟子の金子重輔との銅像>
     ↓
DCIM1528.jpg

吉田松陰先生が生まれた場所で、晩年は松下村塾も敷地内に開いていましたが、建物自体は下の松蔭神社へ移動されています。 誠に清らかな風が吹いていました。>
     ↓
DCIM1533.jpg

DCIM1535.jpg

DCIM1536.jpg

DCIM1534.jpg


ここから、傍にある吉田松陰先生とその縁者のお墓へお参りしました。
うちは主人が “見える”人なので、どんなお姿かを伝えて来ます^^
      ↓
DCIM1525.jpg

<吉田松陰 高杉晋作 の墓 とあります>
      ↓
DCIM1544.jpg

<松陰先生のお墓へ 線香を供えて手を合わせます 横になった着物姿の先生が見えたそうです>
      ↓
DCIM1541.jpg

DCIM1543.jpg


高杉晋作のお墓へ 座禅をしている晋作が現れたそうです^^>
     ↓
DCIM1542.jpg

<松陰先生のお父様や兄弟や親戚の方々のお墓です。
 以前にお参りした時は白装束で居住まいを正していらしたのですが、
 今回は袴姿で剣を立てて持って、しっかり守っておられるお姿が見えたそうです>
     ↓
DCIM1539.jpg

お盆過ぎの日曜日で、いろんな人が礼儀もなく土足でお墓や生家を行き交ったり、
許せないことに、保護されている生家跡の敷地内に車のタイヤ痕があったり、
きっと、護る為に、今回は、剣を持っておられたのかもしれません。

鎖国が解かれ、江戸という時代にピリオドを打ち、現代の世を開いたその巨大なエネルギー 明治維新

その大和魂に心から敬意の心を捧ぎに参った1日でした。

4年前に書いた記事もリンクします。
古いようで新しい!?
お時間のある方は、合わせてご覧下さいね^^
     ↓
松陰先生の遺志
http://mobic530.blog61.fc2.com/blog-entry-131.html


☆クリックしていただくと励みになります☆

にほんブログ村 その他生活ブログ 人生相談へ
にほんブログ村       

吉田松陰 明治維新 高杉晋作 杉文 / CM : 24 / TB : 0

プロフィール

mobic(モービック)

Author:mobic(モービック)
寝てる時、食べてる時が一番幸せな、コアラ的人間です。
病気、健康、体や心の悩み,エコや社会問題などなど、感じたことを書き綴っていきたいと思います。
多くの方々と意見を交流し、お話できれば嬉しいです。

置き手紙

おきてがみ

ようこそ♪

ブログを分析 ポチっと♪

blogramで人気ブログを分析

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード