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悪人ですら救われる『福堂策』とは?

2015-02-22:Sun ◇ 心と体

[福堂策] ブログ村キーワード

福堂策
それは吉田松陰先生が26歳の時、野山獄の中で、
囚人たちを更正させ、牢屋を幸福な場所にするために書かれた言葉です。
        ↓
全ての写真はクリックで大きくなります*
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人賢愚(けんぐ)ありと雖(いえど)も、
各々(おのおの)一、二の才能なきはなし、
湊合(そうごう)して大成する時は必ず全備する所あらん。
是れ亦年来(ねんらい)人を閲(えっ)して実験する所なり。
人物を棄遺(きい)せざるの要術、
是れより外(ほか)復(ま)たあることなし。

<訳>
(人間には賢愚の違いはあるが、どんな人間でも一つや二つのすぐれた才能を持っているものである。
全力を傾けてひとりひとりの特性を大切に育てていくならば、その人なりのもち味を持った一人前の人間になることができる。
今まで多くの人と接してきて、これこそが人を大切にする要術であると確信した。)


悪人であろうと、どんな人間であろうと、必ずその人の良さがある”
mobic もつい昨年、我が師からこれを学んだばかりでした。



花燃ゆ第7話『放たれる寅』

野山獄の囚人たちと触れ合う中で、寅次郎(吉田松陰)は彼らの中に、
悪人とは違った持ち味や良さを見出して 上記 『福堂策』 を記したのです。
        ↓
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維新の傑士 寅次郎 を野山獄から出そうと多くの人が尽力してくれました。

身分の高いお家の奥方であった女囚「高須久子」
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杉文の義兄 「小田村伊之助」
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そして、毛利のお殿様 「毛利敬親」
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しかし、寅次郎は野山獄から出ようとしません。。
「『福堂策』 を書いた私自らが牢を出ては意味が無い」と。。

それを見た囚人たちは、寅次郎を出そうと “別れの句会” を催して、寅次郎を送ろうとします。

囚人たちの心からの句に泣けてきました。
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それでも野山獄に踏みとどまろうとする寅次郎へ 獄中48年の 大深虎の丞は言います。
「あなた様は大切なことをお忘れじゃ。
 『福堂策』は、外の世界へ出て何をするかで初めて、その素晴らしさが分かるもの。
獄に居たのではそれは証明できん。」
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皆の心尽くしに涙する寅次郎
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そうして惜しまれながら野山獄から放たれる寅次郎と兄を迎える妹 文(ふみ)
寅次郎という「寅(トラ)」は再び荒野へ放たれた。
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今回、 mobic が不思議に思ったことがあります。
「寅次郎はあれほど日本国のことや大志を抱いていたのに、何故、野山獄にずっと居ると言い張ったのか???」

何度も罰せられて心が折れてしまったのか?
囚人たちと心を通わせて、そこが楽園となったからなのか?
一部、女囚「高須久子」との恋愛という説もあるが、それが真実であったとしても、大義を捨てられるのか?

永遠の謎

皆さんはどう思われますか?

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福堂策 大深虎之丞 悪人 / CM : 13 / TB : 0

井川遥が艶っぽすぎる 母として女として 

2015-02-15:Sun ◇ 日常

[高須久子] ブログ村キーワード
[井川遥] ブログ村キーワード


ある日、実家に見知らぬ性から「阿東米」が届いたことがありました。
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阿東町は山口県の中でも寒冷地でお水も綺麗で “こしひかり” を作っています。
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確かに、父も人の名前が相当程度分からなくなってはいますが。。。
全く思い当たる節がなくて、家族全員怪しいものでは?とチョット訝り。。
勇気を出して、その差出人の性へ電話を。
「あなた様はどちら様でしたっけ?」
から始まって、その性の弾丸トークが間髪入れさせず延々1時間以上続いたそうです。。。
父は「はぁ、そうですか、そうですか。」と相槌を打つだけで
差出人の性の身元は掴めず。。。

「認知症」VS「認知症」のコメディな会話は終わらない

仕方なくmobic が代わりに電話をかけるハメに(^_^;)
性の話を代弁すると
「息子が二人居て、二人共父の教え子で、受験の時、大変お世話になった。今日があるのも父のお陰である
という内容。
ところが、息子さんの苗字とそのお様の苗字は違うし、
父も「そう言えば教えたかなあ~」ぐらいのもの。
教え子さんの年齢から逆算すると、受験生であったのは、
かれこれ40年ほど前のこと
そして、今現在、息子さん達はそばに居ない様子で、 神官か何かのお告げ によってお世話になった人全てにお米 を贈られた様子。
離婚されたのか?? 息子が二人も居ても今は誰も寄り付かないのか??
立ち入った話は聞けなかったけど、苗字が代わっても、認知症になっても、
はいつまでもなんんだなあ、と胸が痛くなったお話です


そのお米の行方は?
勿論、美味しくいただきました。



さて、今回の花燃ゆ「第六回 女囚の秘密」
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女囚高須久子」役の 井川遥 さんが艶っぽくて美し過ぎるぅ
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*写真はクリックで大きくなります*
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武士の家の嫁でありながら、身分の低い三味線弾きを家に引き入れたとして
高須家から厄介払いされ、野山獄へ投じられたという事情。
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三味線弾きを家に入れたことが、どこまで不貞であったのか。。
時代の相違もあり、定かではないと思います。
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心を閉ざした高須久子ですが、娘に一目会いたくて、文(ふみ)におつかいを頼みます。
何度も高須家を訪ねて門前払いをくらう文。
         ↓
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娘の糸(いと)は怒って野山獄へ怒鳴り込んで来ます。
そうでもしなければ、誰もに会いには来てくれないことを久子はわかっていたのでしょう。
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もう二度と来ないという娘の糸に、もう二度と会わないと涙ながらに応えるの久子。
そして、子が牢から手を握り合うこのシーンにじ~んと来ました。
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夫が亡くなり、心の隙間から男を家に引き入れたのか?
でも、武士の嫁であろうが庶民の嫁であろうが、であり、嫁である前に
一人の“女”であり“人間”なのではないでしょうか?

<不貞の罪を問われた 母 高須久子
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<杉家の家族をおおらかに支える文の母 滝>
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どちらも娘を想う思いは同じではないのでしょうか!


寅次郎(吉田松陰)が、これを見て、囚人たちに語りかけます。
「人は自分の中に全てを持っている。 善も然り、悪も然り。
しかし、それが人である。」

囚人たちは、寅次郎の言葉に初めて耳を傾け、当初、喧嘩をした富永有隣は『孟子』の書物を寅次郎へ託し
寅次郎は、皆へ講義を始めることとなるのです。
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父に贈られて来たお米も母の想い。
今も昔も、どんな状況に陥ろうとも、母はいつまでも母なのですね


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涙 金子重輔 弟子の師を慕うひたむきな姿

2015-02-08:Sun ◇ 歴史・社会

[金子重輔] ブログ村キーワード

貴方には、尊敬する “人生の師(先生)” がいますか?

恋愛、親子愛、同士愛、さまざまな愛の形がありますが、
長く続く(場合によっては永遠) のは 『師弟愛』であると
思い知らされる。。。

それが、『花燃ゆ 第五話 』 
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ペリーの船に乗り込んで、密航を企てた 寅次郎(吉田松陰) と 弟子 金子重輔
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その後、寅次郎は武士の入る 野山獄へ、 金子重輔は庶民が入れられる 岩倉獄へ。
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*写真はクリックで拡大します*
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ペリーの船へ小舟で漕ぎつけて追い返された後、江戸の伝馬町で囚われていた時点で
既に金子重輔は、高熱を出して、かなり体を蝕まれていたそうです。

しかし、赦されて長州藩に戻ったにも関わらず、食べ物もろくに与えられない
劣悪な環境の 岩倉獄へ投げ入れられ病は悪化。
       ↓
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起き上がることも出来なくなってようやく、母ツルが看病の為に、牢に入ることを許可され。。
「先生と何度でも海を渡るんだ」と最期まで言いながら亡くなる。
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文(ふみ)は、金子重輔の母ツルに自分の兄が 吉田寅次郎(松陰)であることをなかなか言い出せなかったが
遂に、その事実を告げる。
       ↓
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一方、野山獄では、以前は明倫館の教師であった富永と寅次郎が言い争いになっていた。
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富永は、「瀕死の弟子 金子重輔一人救うことができないお前に大義を語る資格などない!
      人は悪なのだ。 生きて、腐って、呪うのだ!」と吐き捨てるが
       ↓
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寅次郎は、「人は善である」と返す。

金子重輔の母ツルや家族は深い悲しみの淵に沈みながらも、文(ふみ)へ息子が最後まで握り締めていた
異人のボタンを、寅次郎へ渡すようにと託す。


金子重輔はたとえ我が身が果てようとも、先生 寅次郎を慕い、最後まで海を渡る夢を見ていた。

現代の中で、誰かの為にそこまでひたむきに尽くす愛があるのだろうか??
恋愛の果てに結ばれても、数年で離婚してしまったり
ママ友や世間体と我が子の狭間で歪んでしまう愛情や
自分がイジメの対象にならない為の友達づきあい、等等。。。



<萩の松陰・金子の銅像>
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<伊豆下田の松陰・金子の銅像>
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どちらも松陰先生に寄り添うように膝まづく 弟子の金子重輔の姿が切ない。

師弟愛、多くは弟子がただひたすらに師を慕い、師に尽くす。
そこにあるのは、ただただ無償のもの。
師に相手にされなくても、ひどい仕打ちを受けても弟子は師に忠誠を尽くす。


25歳の若さで病に蝕まれ、その志を果たすことなく散った 弟子 金子重輔。
寅次郎(吉田松陰)は、獄中での自らの食費を切り詰めて、そのささやかなお金を金子の遺族へ送った。
金子家のお墓の花立ては、松陰から送られたお金で作られたという。
            ↓
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暖かな布団に寝ることのできる現代の私たちと
ムシロもない岩倉獄で震えながら死んでいった金子重輔と
どちらが幸せな人生なのかは
当人以外には量ることはできないだろう。

牢獄は引き離されても松陰先生と共にあった金子重輔。
死して尚、ペリーの船で異人と揉み合って金子が引きちぎったボタンには魂が宿り
寅次郎(吉田松陰)と共に生きていたと私は思う。


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いつの世も父とは。。。

2015-02-01:Sun ◇ 歴史・社会

[百合之助] ブログ村キーワード


<「イスラム国」>後藤さん殺害か 安倍首相「痛恨の極み」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150201-00000011-mai-int

1週間経過して、記事の更新と共に、絶望的なニュースが。。。
「決して勝目のない戦いに参加する限り、これからも日本人を殺害し続けるだろう」という趣旨のイスラム国声明。
対して何も持たない日本の首相は「テロは絶対許せない」と返した。。
昨年8月に湯川さんが捕らえられたという情報を外務省は入手しながら何もして来なかった。
だから、今回、総理が中東訪問した際にこうなることは予測できていたはずなのにっ!

『花燃ゆ 第四話 生きてつかぁさい』
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横浜では、異国の船が大挙してやって来て、日本国民は驚異を覚える。
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兄 寅次郎(吉田松陰) は、浦賀沖のペルリ(ペリー)へ面会を求めて、小舟を漕ぎ出す。
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しかし、乗船を果たすも追い返され、寅次郎と弟子の金子重輔は捕まってしまう。
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死罪になりかけた二人は、ペルリ(ペリー)や小田村伊之助(大沢たかお)らの計らいで故郷長州へ戻されることに。
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しかし、長州藩の椋梨派は非常に保守的(彼にとって明治など来るはずもない)で、
幕府へアピールする為に、許された二人を再び捉えて長州藩の牢獄へブチ込んでしまう。
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その頃、 百合之助 は、切腹をしようとしていた。
        ↓
*写真はクリックで拡大します*
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 百合之助 は文(ふみ)にこんな事を言います。
「私は凡庸な人間だ。 寅次郎のように、大義を貫くこともできないし、
のように心を鬼にして、塾生を育てることもできない。
これ(切腹)がわたしにできる唯一のこと。」
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(長塚京三)の心中は如何なるものであっただろう・・
そう思うと、とても切ないものがあります。

世の為、国の為に密航まで企てそれを貫く息子を護ってやりたい気持ち。
藩や幕府の掟に背いた息子 寅次郎 、その家族、という立場!
その間(ハザマ)で苦しむ

母や文などは、無条件に兄 寅次郎を慮り、応援して行くが
はそれだけではすまされない、そういう存在なのだろうと思う。


振り返れば mobic の父もそうだった。
私が世のため社会的なことをしたいと言った時は、
「娘をこんな危険な事をさせる為に育てて来たわけではない!」と
長年勤め上げて来た教師を辞めると言った。

今は、糖尿病の合併症で脳の傷害を発症し、体や頭が不自由になってしまい、
自分の年も今日の日付もわからず、永遠に61歳だと答える始末であるのにも関わらず、
「車に気をつけて帰りさんよ」とか
「雨に濡れんように、止んでから帰りさんよ」とか、

娘を心配する気持ちだけはハッキリと残っている

父とは、割に合わない役割だと、文(ふみ)や寅次郎の父、百合之助の葛藤を見て
また、自分の父を見て、そう思う。


    
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プロフィール

mobic(モービック)

Author:mobic(モービック)
寝てる時、食べてる時が一番幸せな、コアラ的人間です。
病気、健康、体や心の悩み,エコや社会問題などなど、感じたことを書き綴っていきたいと思います。
多くの方々と意見を交流し、お話できれば嬉しいです。

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